X線回折による塗工紙の分析(第1報)

     −顔料配合比率定量法の試み−

 

  東京大学農学部 江前敏晴、尾鍋史彦、臼田誠人

 

1.緒言

 コーティングカラーの主成分である顔料は、その種類や比率によって製品の力学的特性、光学的特性、印刷適性を特徴付ける。従って塗工紙の顔料の種類や比率を分析することは、市販紙の特性を明らかにするために必要不可欠である。

 X線回折はセルロースの結晶構造解析によく用いられる手法であるが、紙に含まれる結晶性の無機物質、すなわち填料やコーティング顔料の分析にも利用できる。回折ピーク位置から顔料の種類を判別する定性分析を行うことは容易で、Garey ら1)は種々の内添填料やコーティング顔料を用いた紙を供試し、含有する物質に特有の回折パターンが得られることを示した。また山岡ら2)はクレーの分析にX線回折法を応用し、一般的にクレーとして使用されるカオリンのほかロー石クレー、セリサイト、加水ハロイサイトの市販紙での有無を決定している。岡本ら3)も濃硫酸を用いた原紙剥離法と組み合わせて塗被クレーの定性分析を行った。応用的にはParhamら4)は、X線回折とEDXA/SEMの組合せにより非晶ポリマー顔料も含めた分析を試みた。定量法としてX線回折を用いた例としては Bluhmら5)によって行われた内部標準法による無機填料の測定がある。また古くは杉松6)が填料の含有量、塗工量測定法として体系化している。

 同じX線を用いた分析法としてX線分光分析がある。X線を線源として用いるものはX線吸収分析と呼ばれ、元素による質量吸収係数の差を利用する方法である。X線を用いたオンライン型の灰分計7)はこの原理を応用している。55Feの放射性同位元素のX線を線源として塗工量測定を試みた Puumalainen8)の研究も同様の原理である。照射線源として電子線を用いるものとしてはX線マイクロアナライザ(EPMA)がある。これは電子線を照射した際に放出される特性X線の波長あるいはエネルギーを測定するものである。この方法は最も一般的に使用されており研究例9,10) も多い。X線マイクロアナライザに比べてX線回折法は次の特徴がある。すなわち透過力の強いX線を直接当てるので厚さ方向に深いところまで分析できる。また同一の物質が含まれていても結晶形が異なれば判別できるという点である。

 このようにX線回折法はコート紙へ適用しやすく、測定も簡便で迅速である。本報は塗工紙に対して塗工層に含まれる顔料の比率、存在量をX線回折法により迅速かつ正確に定量する方法を確立することを目的とし、以下の実験を行った。

 

2. 定量法

 2.1 理論

 今回用いた定量法は Alexanderら11,12)の理論に基づいた粉末法による定量法である。この方法では試料は平板状で、n個の成分よりなり、その粒子の大きさは消滅の効果が無視できるほど十分に細かいものであって、また試料の厚みは問題の回折強度が最大になるのに十分であると仮定すると、それぞれ ?成分の回折強度(I?)、その固有の性質並びに装置に由来する定数(K?)、重量分比(@?)、密度(ρ?)、質量吸収係数(μ?)の間には式(1)の関係が成立する。さらに任意の2成分の回折強度の比をとれば式(2)のように重量分比と比例関係があることが分かる。したがってどの2成分とどの回折位置のピークをとるかで決まる係数K′が分かればピーク強度比から重量分比を求めることができる。

 

        @??            

? = K? ・   …(1)

        n                        買ハ?@?                   1                           

 

              n                       買ハ?@?      I1   1  @1  ρ2  1          

=・・・

2   2  @2  ρ1  n                       買ハ?@?                    1          

        @1  

   ′・       …(2)

        @2  

 

? ; ?成分の回折強度  @? ; ?成分の重量分比

? ; ?成分の固有の性質並びに装置に由来する定数

ρ? ; ?成分の密度   μ? ; ?成分の質量吸収係数

 

 2.2 計算法

 コート紙の代表的回折パターンを図1に示す。試料の詳細は後述するが、顔料としてクレー及び炭酸カルシウムを用いている。2θ=14゚〜17゚のピークと22.8゚のピークは原紙のセルロースに由来するが、他の3つの鋭いピークは顔料に由来する。すなわち12.3゚、24.8゚はカオリンの、29.4゚ は炭酸カルシウムのピークに帰属される。各回折のピーク強度はベースラインから上の高さまたは面積から計算されるが、鉱物は結晶化度が高いのでピーク高さをその回折の強度とした。顔料の比率の定量は、その高さを順にHcl1、Hcl2、Hca(図1)として、強度比Hcl1/Hca、Hcl2/Hcaを求めて計算した。

 また式(2)中の回折強度比と重量分比とを結びつける係数K′は予めクレーと炭酸カルシウムを種々の比率で混ぜ合わせた時のピーク強度比から計算した。図2は横軸にクレー/炭酸カルシウムの重量分比、縦軸は粉末試料で測定した回折強度比Hcl2/Hcaを示している。従って図中の直線の傾きがその係数K′を示しており、K′=0.557である。Hcl1/Hcaも同様に計算できる。

 

3. 実験

 

 3.1 試料

 塗工紙をそのままX線回折の試料とする場合、塗工量がX線の回折を最大にする程十分厚ければ塗工紙サンプルそのものから得られる回折図から顔料の定量が可能である。その可能性を確かめるために塗工量と回折強度の関係を調べた。この目的のために調製した試料はクレー(カオリン・ Ultra White 90)50部、炭酸カルシウム(カルサイト・白石工業Brilliant-15) 50部、SBラテックス(三井東圧ポリラック614)15部のカラーを市販上質紙を原紙として卓上型ブレードコーターで塗工した。片面塗工で塗工量は6-14g/mであり、カレンダーがけは行わなかった。また調製したこれらの塗工紙の塗工層は、顔料が十分に混合されていると考えられるので、回折に関しては粉末試料と同様であると考えられる。

 回折強度比から顔料組成を定量する目的では、顔料としてクレー(カオリン)と炭酸カルシウムだけを用い、重量比率(クレー/炭カル)が30/70、40/60、50/50、 60/40、70/30の5種類のカラーを市販上質紙に手塗り塗工した。SBラテックス15部を加え、塗工量は 8〜10g/mであった。

 

 3.2 X線回折測定

 X線回折は、日本電子叶サJDX−5Bを用いて、Niフィルターを通したCuKα線(λ=1.5418A)で測定した。X線ランプの管電圧、管電流は30kV、25mAであった。試料に対するX線回折測定は反射法及び透過法の両方で行った。

 

4.結果及び考察

 

 4.1 塗工量と回折強度の関係

 一般に回折強度は存在する顔料の重量mに対して1−exp(−2μm)に比例して大きくなる。試料の厚さが十分大きいときは、mに関係なく回折強度はほぼ一定値となるが、塗工紙の塗工層の厚さがX線の反射が最大になるほど十分に大きいかどうかを確認するため、塗工紙の塗工量と回折強度との関係を調べた。その結果を図3に示す。横軸は塗工量を示し、縦軸はシンチレーションカウンターによる1秒当りのカウント数である。この塗工量の範囲ではほぼ直線的に回折強度も大きくなっているのが分かる。理論的に1−exp(−2μm)をべき級数に展開して、mの値が十分小さいとして2次以上の項を無視すると、回折強度は質量mに比例すると、近似できる。したがって塗工量6-14g/mの塗工紙はX線の回折強度を十分大きくするほど厚い試料ではないことになる。また逆にこの直線に近似できる関係を利用してピーク強度だけからも各顔料の重量が計算できるが、比例関係であるとして近似してもよいmの範囲が未知であるため困難である。さらに実際にはX線の照射位置と試料の微妙な位置関係、試料の平滑性などに影響されるため再現性はそれほど良くない。従って定量法としては不適当と考えられる。

 そこでアレクサンダーの理論に従って各ピークの強度比をとり、塗工量との関係を示すと図4のようになる。クレーの2つの回折ピークの強度比Hcl1/Hcl2 は一定であるが、クレーと炭酸カルシウムのピーク強度比Hcl1/Hca、Hcl2/Hcaは塗工量の増加に従って大きくなっている。混合試料では存在量比が一定ならばその物質の絶対的存在量に関わらず強度比も一定になるはずである。X線回折の粉末法の試料の条件として良く混合された試料を用いなければならないことを考えると、強度比が一定にならない原因として@厚さ方向に分布を持っている。A配向しているものがある。などが考えられる。これらの試料はカレンダーがけしていないことから@に原因があると考えられる。原紙である上質紙の塗工前のX線回折図から填料として炭酸カルシウムが用いられていることが分かったので炭酸カルシウムのピークの中にこの内添炭酸カルシウムの部分が含まれていると考えられる。

 

 4.2 炭酸カルシウムピークの填料部分と塗工層顔料部分の分離

 塗工層に含まれる顔料組成を求める場合、炭酸カルシウムのピークを内添炭酸カルシウムに由来するものと、塗工顔料に由来するものとに分離する必要がある。その試みとして、セルロースの(101)、(101)面のピーク強度との比較により内添部分の炭酸カルシウムピーク強度を差し引くことを考えた。すなわち同様にして求めたセルロース(101)、(101)面のピークの山の高さをHceとする。ここでこの2つの面のピーク位置を基準にしたのは、 (002)面よりも一般に定量性がいいためである。またこの2つのピークは接近しており分離できないので一番強度の大きい部分をピーク強度とした。

 まず原紙だけの回折図から炭酸カルシウムとセルロースのピーク強度比Hca/ Hce=0.68を算出した。次に各コート紙のHceを測り、Hca−0.68×Hceをそれぞれのコート紙の塗工層だけにある炭酸カルシウムに由来する回折強度と考えた。この回折強度を ca'とする。そして炭酸カルシウムのピーク強度を補正した値に代えて強度比 cl1/Hca'、 cl2/Hca'を再計算し、塗工量との関係を求めた。これを図5に示す。ややばらつきはあるものの塗工量とは無関係に一定値をとることが示された。ばらつきが大きい原因として原紙中に存在する炭酸カルシウムがかなり不均一に分布しているためではないかと考えられる。

 杉松ら6)はセルロースの2θ=22.5゜の回折ピークを基準に用いており、さらにそのピークに対する顔料のピーク強度比の対数がコート顔料灰分量に比例すると仮定しているがこの仮定がどの程度の塗工レベルまで成り立つかは疑問が残る。また原紙の坪量が変動すると誤差が大きくなる。これらの関係は塗工層と原紙層の層構造を持つサンプルに対して適用しているためもはや粉末法の理論での解釈を越えている。

 

 4.3 透過X線法による測定

 原紙に内添されている炭酸カルシウムを評価し、厚さ方向の分布の不均一性を除去することを目的としてもう1つの方法である透過X線法による測定を行った。この場合、1枚のサンプルでは十分な回折強度が得られなかったので、9枚のサンプルを重ねて測定した。この回折図を図6に示す。この方法では全体に回折強度は弱くなり、透過量の大きいセルロースのピークははっきりと現れるものの、クレーのピークはほとんど確認できなかった。また炭酸カルシウムのピークもはっきりしているがブロードになっているのが分かる。試料を細分してプレス成形した試料についても測定したがやはり同様であった。クレーのピークが現れないのは、クレーの線吸収係数が大きいためX線透過量が少なくなるためであると考えられる。この結果顔料の定量には透過法は適当でないことが分かった。

 

 4.4 顔料配合比率を変えた塗工紙の測定

 顔料組成だけを変えたコーティングカラーを同一条件で市販上質紙に手塗り塗工した試料について、反射法によりX線回折図を求め上記 3.2の方法により解析を行った。すなわちクレーと塗工層にだけ存在する炭酸カルシウムの各ピーク強度比がコーティングカラー調製時のクレーの炭酸カルシウムに対する重量比とどういう関係を持つかを求め、図7に示した。クレーと炭酸カルシウムのピーク強度比は、完全な直線関係が得られた。またクレーの2つのピークの強度比は一定値を取るが、これは試料中に存在するクレーの重量とは無関係であり当然のことである。

 このコート紙の結果ではピーク強度比Hcl2/Hca =0.795となった。図1の粉末試料より求めたデータではHcl2/Hca =0.557でありかなり差が大きくなった。どんな試料についても一致するはずであるが、一致しなかった原因として原紙中に含まれる炭酸カルシウム量の計算値の誤差が大きかった、あるいは手塗り塗工でもクレーの配向が起きる、などが考えられる。

 ここで得られた直線は較正直線となる。またクレーや炭酸カルシウム以外の顔料でも適当なピークを選んで同様の直線関係が分かれば多成分系にも拡張できる。そして未知の試料に対してX線回折図を求め各ピークの強度比から顔料の重量比が求めることができる。

 

5.本方法の適用における問題点

 

 今回の実験により、塗工層中の顔料の存在比率をX線回折により定量できる可能性が示された。反射法を用いた場合でも原紙層に含まれている填料の分を補正することができれば塗工層中の顔料の重量比を求めることができる。しかし市販塗工紙の塗工層の顔料比率を測定する場合は、通常原紙だけのX線回折測定はできないためこの解析法を適用することができない。またそれ以外にも市販塗工紙の場合、両面塗工、スーパーカレンダーによるクレーの配向、ダブル塗工による厚さ方向の分布の存在など更に考慮しなければならない点が多くある。

 

6.結論

 以上の実験結果から以下のことがわかった。

1.各顔料の回折強度比が重量分比に比例するという関係を用いて塗工層の顔料組成を定量的に分析することが可能となった。

2.多成分系にも拡張することが可能である。

3.原紙に内添された填料と、塗工された顔料が同じ結晶形を持つ物質である場合は、セルロースの(101)、(101)面のピーク強度との比較により内添部分を差し引けば定量が可能である。

4.透過法はこの定量には適当ではない。

5.カレンダリングによるクレーの配向がある場合、ダブル塗工、両面塗工の場合はこれらの因子がピーク強度に影響するので本方法の適用には限界がある。

 

なお、本研究の一部は第56回紙パルプ研究発表会で発表した。

 

謝辞:本研究のための試料を提供して頂いた白石工業(株)及び三井東圧化学(株)に謝意を表します。

 

文献

 

1) Garey, C. L. and Swanson, J. W.: Tappi 43(10  ), 813(1960)

2) 山岡昭美, 今村力造, 紙パ技協誌 17(6), 365(19  63)

3) 岡本良昭、飯田幾太郎: 紙パ技協誌 21(2), 87(1  967)

4) Parham, R. A. and Hultman, J. D.: Tappi 59(1  ), 152(1976)

5) Bluhm, T. L., Jones, A. Y., and Desiandes, Y  .: Tappi 67(7), 96(1984)

6) 杉松昭人: 繊維と工業 1(10), 614(1968)

7) 磯崎健二: 紙パ技協誌 42(12),1140(1988)など

8) Puumalainen, P., Ven?l?inen, H., and Rantane  n, R: Tappi 63(7),55(198  0)

9) Windhager, R. H. and Carter, H. W.: Tappi 58  (9),108(1975)

10) 浜田忠平, 河野昌宏: 紙パ技協誌 39(5), 477(19  85)

11) Alexander, L. E.著, 桜田一郎, 浜田文将, 梶慶  輔訳, “高分子のX線回折  (上・下)”, 化学  同人(1973)

12) 仁田勇監修, “X線結晶学(下)”, 丸善(1961)な  ど